饂飩の木

 きっと君たちが言っている「うどん」というのは、あの小麦粉を練ったものを指すのだろう。若い君たちは知らないかもしれないが、うどんというのは、もともとそのようにして作られた加工品ではなく、天然自生のものだったんだよ。

 ちょうど今ぐらいの季節だろうか。毎年、ニイニイ蝉の鳴く季節になると、うどんの木にはびっしりとうどんがーーそうだな、ちょうど藤の花が咲くように、枝いっぱいにうどんが、ぱあっと垂れ下がるんだ。実の根の部分が痛まないように、やさしく丁寧にもいで、それを一本いっぽん摘んでいくんだ。

 篭いっぱいにうどんを詰めて、おばあちゃんの家に持ってゆくと、やさしい笑顔で私を迎え入れてくれたおばあちゃんは、炊事場でそれを茹でてくれる。水道水よりずっと冷たい井戸の水でそれを洗い、ぬめりをとると、ちょっとの醤油と薬味で、飲むように喉に流し込むんだ。もちろん、小麦粉で練ったうどんとは全く違う、果実のような甘みが、天然のうどんには含まれているんだ。

 今ではうどんの木も、日本中どこを探してもめったに見つからないと聞く。でも、そうだな、ニイニイ蝉はうどんの木の幹から溢れる甘い蜜が大好物だから、もしニイニイ蝉を見つけた時は、近くにある木をよく見てみるといい。もしその木にうどんのようなーー小麦粉で練られた、今うどんと呼ばれているものによく似たーー白い紐のようなものが垂れ下がっていたら、一本つまんで口に含んでみてごらん。それが天然のうどんの味だよ。